思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

空白


☆☆☆★

予告は何度も見たが、そこには大きなミスディレクションがある。娘が万引きの結果、逃走中に交通事故で死亡した親役の古田新太のキャラクターだ。予告編では、ただの遺族にしか見えないように編集されていたが、本編では、傲岸不卒で、娘の死も、どう考えても、万引きに走らせたのはお前のせいだろ! といいたくなる性格だ。単純に見れば、自業自得で娘を無くした男が、我儘放題に周囲に迷惑をかける物語、という事になる。少なくとも映画の3/4までは。
娘が車に連続して轢かれるカットは、その瞬間を見せるのではあるが、たまたま目撃した第三者的な視点で、道路に着いた血痕しか映らない。トラックのタイヤに挟まれてに引きずられた結果の無残な死体は、古田のリアクションと、後半に出てくるセリフからしか分からない。これは私の持論だが、交通事故の悲惨さを伝えるためにも、そのものズバリを造形して映すべきだ。それがなくても『狐狼の血』なみに、精神的に痛い映画なんだから、別にいいやん(^^;)
本作で、観た人の誰もが「とりあえずお前らは悪い!」と言いたくなるのがマスゴミの連中だ。無神経に加害者のみならず被害者の周辺に押しかけたり、インタビューと称して、悪意を持って断片を組み合わせる、とか。これ、絶対にテレビ放送できないやろ(逆にこのへんをカットせずに放送ならエライ)、という、それこそまさにジャーナリズム精神といえる。
このへんを中心に、テーマとしては『よこがお』なんかにも非常に近い。
本作で、絶対的に自己中でも偽善者でもない登場人物は二人だけ。絶対に避けられないタイミングで突然飛び出した娘に軽自動車をぶつけてしまった女性は最大の被害者(だから私は車を運転したくないのだ(´Д`))だが、後に罪の意識(遺族の父親がモンスターペアレントだからねぇ)で自殺してしまうのだが、その母親のあくまでも古田に謝罪する言動。
もう1人は、閉店した後に交通整理のバイト中の元店長に、万引きのあったスーパーの弁当が美味しかった、と伝える若者だ。
それ以外は、みな自分だけが正しいと思っていたり、自分のことしか考えていなかったりするやつらばかり。
わかりづらかったのが、古田の妻が離婚しているが、事故の直後から、時々訪ねてくる、その関係性だ。なぜ、母親でなく、ヤクザみたいな古田が親権を取ったのか。彼を見捨てられない漁師見習いの若者とか、どうも作中の登場人物は、古田に理由なく甘すぎると思う。