『円』劉慈欣
☆☆☆★
早川書房
短編集。『三体』なあまりにも時間的にも空間的にも、ガジェット的にも超スケールだっただけに、どうしても地味に思える。
雰囲気としては、アシモフを連想させなくもない。
『鯨歌』☆☆★
鯨といえばマキャフェリィ『歌うクジラ』を真っ先に連想するが、それで麻薬を密輸しよう、という悪いアイデアは、SFではあまりないかも。高精度のニュートリノ・スキャナーが実用化されているので他の方法が不可能になり、最後の手段として、脳波コントロールしたクジラの口の中に船ごと隠して、なおかつ操って運ばせる。オチは、皮肉かつ、右側日本人からすると嫌な政治的メッセージ。
『地火』☆☆☆☆
石炭発電を効果的に行う新技術、というテクノロジーSFと、ウイグルに昔から実在する(ホントかウソか知らんけど)地火をからめた、谷甲州的な作品。
『郷村教師』☆☆☆☆
アシモフっぽいというか、黄金時代らしい雰囲気のある、片田舎と、超文明宇宙人がひそかにコンタクトするが、結局何も変わらない、という話。
『繊維』☆★
パラレルワールドものだが、理屈もクソもなく、地球の色が色々違う、というだけ。ジュブナイルと決めつけてもいいくらい。
『メッセンジャー』☆★
老人に、弾いた運動エネルギーで弦が太くなるバイオリンを貸した若者。老人が誰か? という謎解きはラストにあるが、特に何とも思わなかったなぁ。
『カオスの蝶』☆☆★
いわゆるバタフライ効果を使って、小国が、大国の攻撃を断念させよう、という話。それこそ不確定性原理から、そんなクリティカル・コントロール・ポイントが特定できるわけもないのだが、そこはフィクション。これまた、ハッピーエンドにしないところが作者の個性?
『詩雲』☆☆★
解説がないとよくわからないが、『ヘリックスの孤児』のように、長編の後日談にあたる。総当たり的に芸術を作り出そう、というだけなら目新しくもないが、それをアウトプットする形の「絵」としての美しさはさすが。
『栄光と夢』☆★
確かに、オリンピック開会式の客席が無人、というのはコロナ五輪を予見していたかのようだが、戦争に代わるオリンピック、というのは『Gガンダム』がやってるしなぁ。実質、オリンピックといいながら、二国間だし。2国間の戦争をゲームで代替するのは、『黒白のなんとか』っていう日本の短編があったなぁ。
『円円のシャボン玉』☆☆☆★
割れない巨大なシャボン玉で、いわば空中運河または空の無人コンボイ船団を作ろう、という話。試験段階で、街の上に落ちたシャボン玉が割れない為に酸欠と、温室効果でピンチになる、というあたりが面白いが、全体のアイデアとしては『ドラえもん』っぽい(だからつまらない、というより、藤子不二雄が凄い、という意味で)。
『2018年4月1日』☆☆☆★
『三体』での延命テクノロジーを思わせる設定で、映画『ARC』(原作は緑なので)のような物語にしてた感じ。
『月の光』☆☆☆
これまた未来人(本作では未来の自分自身)に、地球の危機を救う方法を密かにおしえられたが、毎回予期せぬ事態でうまく行かない。真摯なSFとしては当然の展開ともいえるし、ある種のドタバタコメディとも言える。
『人生』☆☆☆★
赤ちゃんには、親のみならず、先祖の記憶の全てが受け継がれている、という設定で、なおかつ胎児ともコミュニケーションできる、という二重のifが、フィクションとしてはちょっと苦しいが、「有史以来、もっとも年若い自殺者」というアイデアを形にするためにでっちあげたものだろう。ミステリーSFとしてなら評価できるが、SFとしてはもう一歩か。
『円』☆☆☆
秦の始皇帝を暗殺に向かったのが荊軻というのは、ちょっと歴史に詳しい人なら有名なところ。それのアナザーストーリー。暗殺に来た荊軻が心変わりして、始皇帝を数学の魅力に取り憑かせ,軍隊を人力チューリング・マシンにする。解説では『アリスマ王の愛した魔物』より圧倒的だとあるが、わたしにはそのインパクトは超えられなかった。