思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

パッション

☆☆☆★

てっきり俳優メル•ギブソン監督たがら、主演もそうだと思って観ていたので、イエス役はどうもメル•ギブソンらしくない。しばらく混乱してしまった。監督だけて、1ミリも出演してないのか。後述するが、大変そうだから、痛そうな演技が似合わないから辞めたのかもしれない。
本作が凄いのは、普通なら2時間の映画の後半三十分くらいの部分を、2時間に引き伸ばしていること。全世界の大部分が知識としては知っているだろうから、ネタバレもクソもないので書いてしまうが、イエスが捉えられてから、十字架の上で死ぬまでを描いているのだ。
どこを引き伸ばしたのかといえば、イエスが肉体的な苦痛を受けるところ。刑罰としてのムチ打ちから始まって、文字通り満身創痍とはこのこと、という状態で十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かって歩くシーン、手足に五寸釘を打ち込まれて十字架に磔にされるシーンだ。
これ、これまたほぼ全人類が知っている、後に復活する、という結末がなけれは、『マーターズ』もそこのけのサディスト映画である(^^;)
はたまた、幸福の科学が作ったような宗教映画、と言っても過言ではない。いちおうはキリスト教国であるアメリカだからこそ作れた、プロパガンダ(布教)映画と言える。ただし、聖書を忠実かつリアルに描くとこうなるとはいえ、やり過ぎで、なまっちょろい人間が観て卒倒した、というものになっている。

以下ネタバレ

というか、どう凄まじいか、というところ。
ムチ打ちの刑罰のシーンだ。たんにムチで叩くだけでなく、クギのついた棒(まるでファンタジー世界でゴブリンが持つような)や、果ては、複数のロープにカミソリ(?)のついたムチで容赦なくビシビシやるのだ。その執行人は、どうみても人を傷つけることに快楽を感じるサディストか、サイコ野郎で、確かにそんな人間でないと務まらない役職だよなぁ、と(この場合は聖書だが)文献の行間を読む能力の高さを実感させられる。
歴史的事実をリアルに描く、という大義名分で、ゴア描写も容赦なく描く本作だが、ちょっと手加減したな、という部分も見逃さないよ、ヴァタシは。拷問の後、マリアやモニカ•ベルッチ演じる恋人(? 最後までどういう関係なのかわからなかった)が、タオルで飛び散った血イエスのを拭く(よく考える意味不明な)シーンがある。リアルに考えると、何度もカミソリで切り裂かれているので、小さな肉片とかもありそうだが、そういうのはなかった(^^;)
そんか全身打撲と切り傷だらけで、現代の医者ならミイラ男状態で絶対安静の中、3、40キロはありそうな十字架を引きずるにしろ、数百メートルのアップダウンありの街中を歩くなんて絶対無理。このシーンも、結構長い。
五寸釘を刺されるシーンも、金槌を一振りするたびに激痛だよなぁ、と痛みを思い知らされる。当然、手足に釘が刺さった状態で十字架をひっくり返されたり、まっすぐ立てられるだけでも想像を絶する。とにかくこれでもか、という痛さを感じさせる作りなのだ。しかも、フィクションのホラー映画と違って、史実でない部分が混じっているとしても、少なくとも「聖書に書かれている記述を忠実に描いた」という根拠があるので、理由のある「痛い描写/演出」である。これ以上言い訳が完備された「ホラー映画」もないであろう。
復活したイエスが1カット映るラストシーンがなければ、単なる胸くそ映画だ(^^;) 意地悪い監督/プロデューサーなら、いっそ死んだところで終わる、というのもアリだったかも。復活するのはみんな知ってるでしょ? というわけだが。
エスが十字架の上で「主よなせ我を見捨てるのか」と言ったのもちゃんと描いていたのはエライと思った。これなら、他のディテールの事実性も信用できる。
なお、ググっている時に、監督の希望で吹き替え版は作られず、作中の会話もユダヤ語とローマ語という、時代考証的にリアルにやっているそうな。ユダヤ語だと、空耳的に、字幕と同じ日本語を喋っているように聞こえる部分が一箇所のみならず、何箇所かあったのが(興味深い&楽しいという両方の意味で)面白かった。