思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

アップルシード(4)』☆☆☆★

この巻まで来ると普通に読めるようになる。線もデザインも巧くなっている。いしかわじゅんが『キン肉マン』を評した言葉を借りるなら、「巧くなっていくのが分かるお得なマンガだなあ」ということになる。
この巻になると立法院(?)のおばちゃんは登場すらせず、見た目が良い秘書しか出てこない(^_^;)
物語は完全に未来の警察特殊部隊の話になっているのもわかりやすくなった要因。主人公のデュナンの優柔不断さは相変わらずだが…。
内容的にも絵柄的にもネットのない『攻殻機動隊』と言って過言ではないだろう。
いちおう密度の濃さとして、中東や西欧の紛争や秘密組織のうんちくが見え隠れするが、別に理解できなくても問題ないようになっているし。


『トンデモノストラダムス本の世界』
山本弘
☆☆☆☆

文庫版が出たのが1999年の春。こんな本を15年後に読むほうがどうかしてる(^_^;)が、まあ、トンデモ本の手口やバカバカしさを楽しむには充分。
いわゆる1999年に恐怖の大王がやってくる、というものだけでなく、数々の予言が的中している、というのがノストラダムスの特徴。
だが、それはどうとでも解釈できる抽象的な詩のせいだけではない。
そもそも原典たるフランス語版にすら異本が3、4種類あること、日本語訳じたいも著者によってバラバラ。その著者が当てはめたい歴史的(または未来に起こってほしい)事象に合うように解釈(と言えば聞こえはいいが、要するに改竄)するから、直訳からは有り得ない単語がバンバン出てくる。
自分が分からない単語を、誤植だと決めつけて一文字置き換えるくらいはましなほうで、ひどいのになると、文字を並び変えてアナグラムにしちゃったり、はては付け加えたりする。そりゃどんな単語でも出てくるわ(゜Д゜)
日本で一大ブームの火付け役になったのが五島勉だが、彼をはじめ、日本のノストラダムス本の著者にはフランス語ができない人が多い。山本氏も別の例を挙げて指摘しているが、例えば日本語を知らない外人が、松尾芭蕉の俳句に予言が隠されている、と言われても、「はあ?」となるだけだよなあ…。
山本氏は五島氏の本を小説だと喝破するが、確かに作者と同名の主人公が謎を解くミステリーには、エラリー・クイーン法月綸太郎などいろいろあり、何より五島氏の本にはどこにもノンフィクションとは書いてないという(^_^;)考えれば、スピリチュアル本と比べずとも、『ダ・ヴィンチ・コード』なんかの先鞭と言えるかも。
ちなみにコラムで紹介いされているいわゆる恐怖の大王アンゴルモアとは、ノストラダムスの住んでいた近くの地名(^_^;)
しかし、ユリ・ゲラー、ぎぼ愛子、細木数子鳩山由紀夫などなど、日本人ってほんと騙されやすいお人好しなのね…(T_T)
現象としては水とおしゃべりしたり、マイナスイオンの電化製品を買ったり、地球温暖化で高い袋を買ったり、放射能恐怖症だったり…。