思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『神器 軍艦「橿原」殺人事件(上)』奥泉光
☆☆☆★

タイトルからも、読んでいる最中の雰囲気からも『ミステリ・オペラ』っぽい。狂言回しとして、黙き一郎のような由井なる人物も出てくるし。
軽巡洋艦「橿原」の船底にある第5倉庫で起こった連続怪死&人間消失事件はあるのだが、それが前面に出てこないのが本作の特徴。
それはすなわち奥泉作品の特徴と言ってもいい。何が(作中における)事実なのか、(作中人物の)幻覚、(作者が読者に対しての)幻想の境界線がぐちゃぐちゃなのが奥泉作品だ。
本作でも、とある消えた人物が鼠になるという、少なくとも上巻の範囲内では、訳がわからん展開がそれだ。しかも、同じく行方不明になった軍人らしき鼠は、現代に生きる人間だったようなのだ。ここ以外には、時代が戦時中から前後する描写が全くないだけに、どういう伏線なのか、全く不可解である。
それだけでなく、下級兵士たちの噂の形を借りて、トンデモ奇説も次々出てくる。その一つが、「戦艦の船底に、天皇陛下が掴まっていた」とか、「天皇の双子の兄が前線にいる」とかいうもの。人を食ったというか、バカバカしくて話にならんというか……。
しかしながら、では本作が全くの珍品、バカミスならぬ駄作かというとそうでもない(ミステリとしての真相編を読む前であっても)。
それは、戦記もの、とりわけ帝国海軍の兵士たち、軍艦乗りの実情を描いた純文学としての完成度によるものだ。なにぶん、凝り性で『「我が輩は猫である」殺人事件』などを物してしまう作者のこと、本作も、戦記ものの文体模写(というより、戦記ものに幻想文学的要素を加味したもの)を確信犯的に狙ったものと思われる。
途中から、怪しすぎる人物が乗り込んだり、『終戦のローレライ』(タイトルからお分かりのように映画のほう)よろしく、秘密の荷物があったり(タイトルからすると、三種の神器しか有り得ないのだが……)、風呂敷広げまくり、伏線張りまくり。
これらを回収しないのが奥泉(一見ミステリーに見える幻想)文学だから、こわいんだけどなあ……。
なお、ここまでリアルに海軍を描いておいて、なぜタイトルが「軽巡洋艦」ではなく「軍艦」なのかも、気になるところ。