思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『裂けた岬 ヒカリゴケ事件の真実』合田一道
☆☆☆★
恒友出版

戦時中の北海道知床岬で、真冬に遭難した軍属の船長が、たったひとり生還した。
奇跡の神兵と讃えられた彼だが、彼が避難していた小屋から血痕が、小屋の近くから箱に詰められた人骨が発見される。

この食人事件を戯曲化したのが『ヒカリゴケ』で、当事者に著者が数年かけて取材してノンフィクションとしてまとめたのが本書だ。

まず気になるのが、この元船長のモノローグ(インタビュアーとの対話形式でインタビュアーのセリフを載せない形式の)という形式が正しかったかどうか、ということだ。

基本は全編通してこの形式で、合間に様々な第三者へのインタビュー等が引用的に挿入される。

事件じたいになんとなく既視感があったこともあるが、どうしても折原一のミステリを読んでいるような感じが拭えなかった。

それも一理あって、本書はインタビューを録音した書き起こしではなく、半ば封印されている記憶を何度も叩いて掘り起こすような、執拗な取材(対話)の成果をまとめたものだということが、あとがきで明かされる。これじゃあ、というより、そもそも本作はノンフィクション・ルポではなく、ノンフィクション・ノベルなのだ。

そういう経緯を知らされてもなお、やはり事実だけを淡々と述べるノンフィクションの形式でまとめたほうが良かったと思えてならない。

なお、本書には写真もふんだんに載せられており、ノンフィクションであることは読者に保証(?)されている。関係者の肖像はともかく、捜査資料である、人骨と残された皮膚(!このあたりは逆にフィクションではない発想/事実といえるのではないだろうか)の写真なんてかなりショッキングだ。白黒の荒いもの写真なので、そこまでグロくはないが。

終盤で触れているが、食人という事実そのものは南方戦線でもあったことだし、この事件では飢えと寒さだが、南方ではさらに敵の攻撃と病気が襲っていることと比較すると、大したことないような気もする。
クローズアップされたかどうかの違いは、戦地か内地(銃後)であるかの違いで、日本の司法が関われたかどうか、という差にすぎない。

が、まあそんなマクロ的な視点ではなく、食人という行為と、南方戦線のケースとは逆に、それが栽培で裁かれ、結果、心神耗弱/喪失で無罪でもなく、微罪にされた男の罪業への苦悩、という点において考えるべき問題なのだろう。(なぜこの判決になったのかは、著者が腑に落ちるあとがきで解説をしてくれている)
この判例が封印されている(判例集に収録されていない)というのも興味深いポイント。

裂けた岬 「ひかりごけ」事件の真相 (ノンフィクションブックス)裂けた岬 「ひかりごけ」事件の真相 (ノンフィクションブックス)
合田 一道

恒友出版 1994-04