思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

♯映画 羅生門

羅生門
☆☆☆☆

再見。てっきりネットに書き始めて以来だと(前回の感想文があると)思っていたが、前に観たのは高校生か大学の時か。
当時も面白かった記憶があるが、今回も基本的に凄い映画だという事に変わりないが、映画マニア的な良さと、新たに欠点も発見した。
まず個人的に感じた欠点は、やや冗長なカットが多いこと。もちろん、70年前の映画のテンポと比較するのは野暮ではあるのだが。役者たちの熱演をじっくり見せたい、という感じでもなく、セリフを言い終わってたり、画面の奥(山道)へ歩いてゆくのを、ずっと撮ってたりする。技術的な面から言うも、望遠レンズで撮るから、奥の木々に人影が隠れるまでに、実際はかなりの距離を歩く必要があったからかもしれないけど。
あと、基本的に、語り手のアップと、回想シーンが櫛の波状入れ替わりに編集されるのだが、独白の演技が舞台演劇っぽくて過剰に感じる。特に三船敏郎とか(^^;) あとは姫役の京マチ子
それにも増して良かった点はたくさんえる。
まずは冒頭から出てくる巨大な羅生門の(ロケ?)セット。そこへもって現代の線状降水帯か? というくらいジャンジャン降りの大雨の迫力。
市民ケーン』の後だろうとは思うが、パンフォーカスを多用して、画面前面の顔のアップも、後ろの人物の全身を対比させたり、三者を前中後と配置する構図はさすが。それの極みとして、白州で申し述べしている人物の後ろで、ただただちょこなんと座っている志村喬千秋実が、ずっと映っているのもおかしい(^^;) なにせ、三船敏郎京マチ子霊媒師と、三人分の、ただリアクションもなく座っているだけの撮影があるわけだから。しかもパンフォーカスだから、いちおうピントも合っているから、気も抜けない。
鏡を駆使したという森の中の撮影の凄さは言うまでもない。ただし、4Kリマスターのせいか分からないが、人物も背景の林もシャープすぎて、なんだか合成みたいに見えてしまう。もちろん、当時にこんなブルーバックみたいな合成はできないのは知ってるんだけど。
あと、今回映画好きになってから初めて気がついたのが、カメラワークの斬新さ。羅生門の柱を画面が横切って、人物の立ち位置を変えたり、茂みの中から三船敏郎にパンアップ(カメラごと前進)したりするのには、その効果的な事と共に、素直に驚いた。
志村喬は、やっぱり良いね。一見して二枚目でもいぶし銀でもなく、思いっきりタラコ唇なのに、なんでこんなに魅力あるんだろう……。本作では、人間臭い庶民を見事に演じている。

以下ネタバレ

改めて言うまでもないかもしれないが、本作は、藪(森)の中で起こった検非違使殺人事件について、目撃者で裁判(お白州)にも出た志村喬が、事後に羅生門で、たまたま雨宿りのためにやってきた下人にその内容を語る、という内容。
山賊の三船、検非違使の妻、そして殺された検非違使の証言は霊媒師の降霊術(いや、信用できんのか!?)、さらには目撃者の志村喬の再現VTR(^^;)が、証言の合間に流れる、という編集。