思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『日本人が知らない「新聞」の真実』宇田川敬介
☆☆☆☆★
詳伝社新書

なぜ日本の新聞に代表されるメディアはゴミなのか?本書を読めばその理由と事情がほぼ氷解すると言っても過言ではない名著(出たとこだが、断言)。
著者はチャンネル桜でも有名な国会新聞社・編集次長。大学でジャーナリズムを勉強したわけではなく、マイカルから新聞記者に転職したという異色の経歴も、旧来の新聞業界の慣習に違和感を持った要因なのかもしれない。

「新聞の「大義」とは、いったい何なのか。それは、わが国や国家や世界といった大きな存在に対して犠牲をはらうことに他ならない。わが国家と世界の安定と平和を求めることが、「大義」ーーもっとも大きな目的である。アメリカや中国の立場に配慮するのは、外交上にある手練手管の次元の話であって、新聞が、「アメリカに配慮しろ」「中国に配慮しろ」と叫ぶのは、場違いもはなはだしい。」

「重要な問題を直視しなくてはならない。戦後日本の新聞は、GHQによっていったん解体整理されたとしながら、その現場のほとんどは、戦中に「嘘」を報道することに慣れてしまった記者や編集責任者たちがそのまま担っていたという事実である。」
ここが新聞のいびつな報道思想の根源だと思う。

「昭和47年6月、佐藤栄作は、総理大臣の退陣表面記者会見で、「僕は国民に直接話したい」という有名な言葉を残したが、この続きは、「新聞になると違うからね。偏向的な新聞は嫌いなんだ、大嫌いなんだ。帰ってください」だった。佐藤は、新聞が展開する「偏向報道」に嫌気がさしていた。彼は新聞の記者たちを退場させると、テレビカメラに向かって話しはじめたのである。」
これ自体は四十歳にならない我々にはトリビアなのだが、当時の新聞関係者がどう感じたのか、本音が気になる。冷笑したのか、立腹したのか、はたまた質問の機会を失してこれを根に持って恨んだのか…。