思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『地球帝国』アーサー・C・クラーク著/山高昭
☆☆☆★
ハヤカワ文庫SF

原題も『インペリアル・アース』なのだが、どのへんがそうなのかは、読み終えてもよく分からない。月はもちろん、土星の衛星タイタンにまで人類が住んではいるが、別に国家連合的な体制ではないし、主人公であるタイタンの大頭領ダンカンが地球に行った際にも、大使館があったり、ほとんど現在の国際関係と同じである。
なぜ木星ではなくタイタンかと言えば、宇宙船の推進材である水素をコストパフォーマンスを含めて利用できるのがここしかないから。
そのタイタンの生活描写をいともあっさり、すんなりと理解させてくれるのがクラークの真骨頂。後にも先に、見たことのない世界を、科学的説得力をもって、見たように感じさせてくれる(しかも説明臭くなく)のは彼しかいない。
クラークのSFは、ちょうど科学エッセイと小説の中間みたいな感じで、鋭い着眼点と、お勉強的ではない「教えてくれる」感の位置どりが絶妙なのだ。
本作では、国家元首が主人公という、読書の感情移入的には難しい設定で、中盤以降は密輸、密入国、隠し口座、知人の裏の顔、秘密機関など、スパイ小説さながらの展開になる。
しかしながら、その謎の中心、真相にあるのはもちろんSF的なガジェット。
盛り上げた割には、ラストのビジョンが弱いのが珠に傷だが、未来世界での冒険(謀略)小説だと見れば、これでも十分だろう(☆☆☆☆評価にしなかったのはこれが減点要因)。
主人公が代々クローン
ということで、その周辺の生物学的、社会的問題も合わせて書いてある。権力者が遺伝的に不能だから、という理由にも説得力がある(例えば北朝鮮の首領がそうだったら絶対やりそう)。

「その金属管は、両腕でゆうゆうと抱えることができた。特異点のまわりに腕をまわすということは、一部の理論が正しいとすれば、宇宙全体を抱きしめることになる」
これは超小型ブラックホールを用いた宇宙船のエンジンルームを訪れた際の描写。「管」の中にはメインエンジンであるブラックホールがあるのだ! 安全のため、宇宙船が旅の中間点で方向転換する際の無重量状態の間にこの冒険を行う、という科学的に全うな理由があるのに、何の説明もないのがコアなSFファンをニヤリとさせるところ。単なる解説ではない、こういう叙情的な比喩もクラークがSF小説家として優れた資質である。

「その〈セック〉は(略)ちょっと見ただけでは(略)小さな電卓と、あまり違いはなかった。しかし、これは比べものにならないほど遥かに万能であり、これなしにどうやって暮らすことができるか、ダンカンには想像もつかなかった。
不恰好な人間の指は大きさが決まっていたから(略)整然とした小さなボタンは50個あった。しかし、それぞれのボタンは、操作の仕方に従って、事実上、無限の機能を持っていたーーなぜなら、各々のボタンに表示された文字は、操作の仕方によって変わるのである。たとえば、〈文字・数字〉とした場合には、26個のボタンにはアルファベットの文字が、10個には0から9までの数字が現れる。〈計算〉とすると、アルファベットのボタンからは文字が消えて、×、+、÷、−、=その他あらゆる基本的な演算操作に置き換わるのである。
さらに〈辞書〉としての使い方もある。〈セック〉は10万語以上を記憶することができ、明るい小さなスクリーンに、それぞれの語義が三行で表示され、(略)〈セック〉を(略)ずっと大きなスクリーンに連結させる(略)これは器械の光学的インターフェイス(近紫外線によって作動する小さな送受信用の半球レンズ)を利用して行うことができる。このレンズが〈コムソール〉の対応するセンサーの視界内にあるかぎり、2つ器械は、秒速100万ビットの速度で、どんどん情報を交換できるのである。したがって、〈セック〉自身の内部メモリーが飽和したときには、その内容を大きな記憶容量の中に送りこんで、永久保存できる。」
これが、ネットすらない、1975年に書かれたのだ。無線LANクラウドを駆使したスマートフォンの描写そのものではないか。クラークが予言者と呼ばれる証左である。

下記のネタバレで挙げるような問題点(欠点とまでは言えまい)、はあるものの、読んでいる途中は、その未来世界のディテールに圧倒されて(仕事が忙しかったとはいえ、400ページない本を読むのに1週間かかるとは!)、それほど不満はない。
なんと言っても、クラークにはラストのビジョンが素晴らしい傑作がいくつもあるので、期待するハードルが高過ぎるのだ。

以下、ネタバレ。


問題1。主人公の旧友カールがセチに関心がある、ということを序盤にでも快適おくとミステリー的には完璧だった。
問題2。彗星が、オールトの雲に棲むエイリアンの死骸または追放刑、というアイデアは抜群にセンス・オブ・ワンダーを刺激するのに、それが脈絡なく出てきた上にその後にも触れらないまま。
問題3。カールが描いたスケッチを、金の珊瑚礁だと勘違いしてしまった。よく読み返して見ると、そうだとは書いていないが、「〈金の珊瑚礁〉で見たウニ」と書けば良いものを、少々回りくどい書き方になっている。
問題番外。表紙は、加藤直之氏なら、宇宙に浮かぶ〈アーガス〉アンテナをドーンと描いてくれただろうに……。新訳新装版が出るなら期待したい。

地球帝国 (ハヤカワ文庫 SF (603))地球帝国 (ハヤカワ文庫 SF (603))
アーサー・C・クラーク 山高 昭

早川書房 1985-03


『大和の動かし方』
補足
「前しょうろう(引用者注:艦橋)は9階建てのビルくらいの高さよ
射撃指揮所はその最上部
主砲の射程はね最大42キロもあるの
でも目標が見えてないと当たらないでしょ?
42キロ先を見ようとすると海抜34メートル必要なのよ」