思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『鬼火』☆☆☆

情報ゼロで観た。音楽は伊福部御大で、『七人の侍』の神セブンの一人、加東大介が主演。ただし、劇伴は必要最低限で、3、4曲しかも弦楽四重奏か、というくらいシンプルな編成の曲ばかりだった。
加東大介はガス会社の集金人。誰もいない家に入ったところ、財布を置きっぱなしにしてるのを発見しても、盗んだりしない人の良い男。かと思いきや、同僚がガス代滞納を負けてやる代わりに、身体で払ってもらった話を聞いて羨ましがったり。玄関に新しい担当エリアで、滞納者の一人を訪れると、病人に薬を煎じるために、見逃してくれ、という。実際には薬ではなくておかゆだったりしたのだが、何とかそこの奥さんを下宿に呼ぶことに成功する。
病人である夫は、そんな妻の意図を察しつつ、外出するための帯さえない(質に入れた、ということだろう。当時の人は分かっただろうが、現代の若者とかは分からないだろうなぁ)ので、自分の帯を貸したりする。
そんなこんなで加東大介の元へやってくるも、結局何もせずに逃げ帰ってしまう。
加東大介の方は、仕事終わりで銭湯へ行って、奥さんとどうなるか妄想して、寿司を二人分取ったりしている。この時代から、夢オチ的な妄想描写があったのかと驚いたり。
喜怒哀楽というか、自分の下宿大も払えないし、一見は善人だが、すけべ心もあり、ウダツの上がらない主人公は、寅さんに通じる親しみやすさがあるかも。かみさんのいない昼間に、女中に手を出している亭主、という現場に出くわして八つ当たりされたりと、浮世の不条理を味わったりと、45分の中編なのに、なかなか巧みな脚本なのだ。
演出的にも、電気を消したり、ほとんど何も見えなくなる闇の演出など、実は高度な細部描写に支えられている。
ただし、観ている間、「なんでこんなタイトルなんだろう?」と思っていると、ラストに至ってそれが明らかになる。

以下ネタバレ

主人公の下宿まで行って、身体で払えばガス代は立て替えてくれることを確認したのに、やっぱり夫を裏切れないから逃げ帰った妻は、帰宅した後で夫が死んだことに絶望して、首をつってしまう。
翌日、夕方にそこへ訪れた主人公が目撃するのが、二人の死体と、闇に揺れる鬼火なのだ(篝火を燃やしているようにしか見えないが(^_^;))。
要するに、怪談なのだ。純文学の巨匠が書いた短編短編小説、という感じ。山田風太郎くらい、というより戦前や明治の文豪の手によるもの、という感じ。

1956年 日本