思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

親密さ


☆☆

4時間以上ある(´Д`)
アカデミー賞をとったダサダサタイトル映画『ドライブ・マイ・カー』の監督の初期作品だとか、そういう下駄や先入観を配して虚心坦懐に見れば、普通にダメ映画やん。
まず、日本映画チャンネルのほうの問題かもしれないが、音が小さい! ボリュームを上げて、字幕を出してようやく観られる/聞こえるレベル。そもそもが、よく言えば自然、悪く言えばボソボソ喋っているのに、声が小さいんだから、まとも聞こうとすると、めちゃ疲れる。おまけに長いんだから。普通の映画が、登場人物が会話している間に観客が入っている感じの音響設計だとすると、本作は、電車で、自分がいる車内の向こう側で喋っている人の話が聞こえてくる感じ。
基本的には、ごく小さな劇団での人間関係の話。そこへ、第二次朝鮮戦争、というフィクションの度合いが高い要素が入ってきて、戦争・平和論が交わされたりする。そのくせ、公演がなくなって日本も戦争に巻き込まれる・・・わけでもない。一応、最後には主人公の片方が韓国の民兵に入る、というオチがあるので、ストーリー的には意味はあるのだが。
後半4割は舞台がノーカットで映される(ちなみに、タイトルも2時間以上経過したここで! ようやく出る(^_^;))流石に固定カメラとかではないのが助かるが。
この舞台では顕著だが、テーマは「(若者にとって)親密さ、自分と他人の関係とは、アイデンティティとは?」というもの。低予算演劇でありがちだが、登場が二人対話しているはずの場面ですら、二人とも観客の方に向かって喋っている。敢えて意図を汲み取るなら、観客に向かっても問いかけているのだろうが、「話していること、伝えたいことは、相手に届かない」というメッセージなのか。
「若者」と書いたが、本作で扱われているテーマは、余程ノーテンキに生きている人でない限り、中高生から社会人なりたてくらいの人が誰しも考えるテーマ。そして、それを過ぎればほとんどの人が現実に飲み込まれて忘れてしまうテーマでもある。
いくらでも語れる、というか、登場人物たちの会話に「それは違うやろ」とツッコめるが、そうするほどの完成度はない。
もちろん、4時間の意味もあるのだろうが、40分にもできると思う。
舞台演劇に入る前の、事実上のクライマックスとして、二人が夜中から夜が開けてくるまで、数分から10分以上も話ながら街を歩く1カットがあるが、人通りのない道を撮っていて、多分アフレコだろうから、別にこういうカットを入れる勇気以外は、全然すごくはない。
ちなみに、本作は『カメラを止めるな!』と同じく、「ENBUゼミナール」(乱暴に言えば素人/名もなき俳優による)映画らしい。

2012年 日本