思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『野獣の刺青』福田洋
☆☆☆☆
光文社ノベルス

事件の詳細を知りたかった「三菱銀行北畠支店強盗事件」についての本はなかったので、情報を調べてネットで中古書を買ってのがこれ。内容もあまり良くわからなかったが、本書は、いわゆる「ノンフィクション・ノベル」というか「実話を基にした小説」。
読んでいる感覚としては、「実話をベースにした映画」みたいな感じ。
最初は犯人の小さい時の話、特に内面描写なんてどうせ話を盛り上げるための創作(フィクション)でしょ? という感じだったのだが、複雑な家庭環境とか、それによってなのか15歳の時に強盗殺人を起こしている、となると、大いに関係があると思わざるを得ない。読み終えてみれば、やはりこの構成は正解だったのかと思える。
ただし、著者はこの事件の理解を深めるためにこの手法を取ったのではなく、元はミステリー作家であり、後に実話ベースの(社会派)推理小説に移行しただけなので、単なる作者の1作品としてそうなっただけのようだ。
人質を裸にして人間の盾にした、という異常な状況も、本書を通読すれば、納得できる(ように犯人の心情が構築・想像・創作されている)。
岐阜県警は、三重県警にも、盗難車の型、色などを確認、11時50分、自動車窃盗容疑で鍋島(引用者注:犯人の共犯として犯行に使う車の窃盗をしたが、直前になって実行は辞めた)を緊急逮捕した。鍋島の供述から、犯人は割れた。(略)警察の情報管理システムは優秀であった。12時過ぎには、現地本部に報告が届いた。」
コンピュータの件に関しても、昭和54年の話であることを考えれば、なるほど優秀である。

「すでに子供連れの主婦、妊婦、老人なども解放していた。それは、弱者に対する同情や憐憫からでた行為ではなかった。(略)英雄はつねに、男性的で、勇敢で、威風堂々たるものでなければならなかった。老人や子供を取引の道具に使う低劣な男であってはならない。」
この辺りはノンフィクションノベルならではの内面描写と言える。綿密な取材による類推であろう。

「島光増太郎(当時57歳)の話。(略)「改めて言いたいことは、行員たちの団結力の強さや。とくに女子行員たちは立派やった。なんぼでも逃げだす隙はあったけど、同僚の安全を考え、みんなで協力して梅川を怒らせんよう、うまく最後まで頑張った。」」
このように、それこそノンフィクションのように、取材者の証言をそのまま載せているところすらある。

「4時24分(略)30分後、25歳の鉄工所社員が解放された。これで客の人質はいなくなった。」
これは籠城1日後のこと。人質は、最後は社員の男女たちだけになっていた。

「どんな重罪犯人も裁判をうける権利があり、射殺は”裁判ぬきの死刑”だから、憲法違反だという(略)だが、今回の場合は、その点も、徐々に、警察側に有利な空気が醸成されつつあった。
 なにしろ、梅川はすでに4人殺している。(略)大衆の胸中は、凶悪犯に対する憤りで膨れ上がっている。いまなら、警察の強行突入ーー射殺という作戦にも、誰でも喝采を送るに違いなかった。」

また、籠城も2日となり、いよいよいざ突入となって実際に突入部隊が潜入した後に、犯人が他の人質を衣装を交換し、それを警察の協力者(それの確保にもドラマがある)からの合図で、ギリギリ作戦中止され、あわや警察自身が人質を射殺し、それを見た犯人が他の人質を殺す、という最悪の展開を回避した、という映画以上の展開もあった。

「発射された8弾のうち、当たったのは3弾であった。射撃上級者による狙撃でも、この確率である。拳銃の命中率がいかに低いかが、これで判る。」
この射撃上級者というのは、400メートル先から10センチの的を射抜くことができる腕前である。だが、ライフルだと犯人を貫通して、コンクリート製の壁に当たった跳弾が他の人質に被害を与える、という恐れから使用できなかったのだ(威力をあげるのは無理だが、弱めるのは簡単だろうと思うのは素人考えで、威力の低い球を用意することもすぐにはできないらしい)。