思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』管賀江留郎
☆☆☆★
早川文庫

実にアンバランスな本だ。タイトルと装丁から、てっきり古今東西の冤罪事件について書いた本かと思いきや、実はほぼ日本に限定した、戦前・戦後の冤罪事件に関係した人物のプロファイリング(経歴)を並べたものであること。著者名が「かんがえるろう」というふざけたペンネームであること。タイトルはどうやら文庫版で改題してあり、単行本では副題がそれであったらしいが、改題したことによって、読者(私)は、てっきり本書は「二俣事件」の経緯を、警察の主役である紅林警部VS清瀬一郎弁護士との裁判での対決を中心にしながら、ノンフィクションの法廷ものとして、全方位から解明したものだと思っていたのに、いつまで経っても前後・周辺の事情ばかりで、結局は二俣事件の全容は語られない、という訳の分からない構成になっているのが致命的。
では、全くダメダメかといえば、先入観を抜きに(それが本書の言いたいことの根幹でもある)、全方位から様々な事実・データが提示される中には、いくつも興味深いものがあるのだ。どうせ改題するなら『冤罪を生むプロセスを戦前・戦後の関係者から探る』とでもすればまだ身構えることができたのだが、本文だけでも600ページ以上もの長い内容を読み通すには、何度も放り出そうかと思うほどしんどかった。
いろいろな事件名が出てくるのに、それらについての内容がほとんど開設されないのも問題。せめて巻末にでも、本書で出てきた事件の経緯を脚注として載せておくべき。本書で詳細が語れるのは、序盤のメインというべき「浜松事件」1つしかないのだ。
本書の評価は、トータルの構成としては☆★で、先に挙げた各種データが☆☆☆☆、というアンバランスなもの。

「日本帝国は徴兵率が低く、戦前は徴兵検査を受ける男子のわずか2割だけが軍隊に入るというありさま。日中戦争がはじまってさえ5割という低率」

「戦前の年間2500件前後、昭和16年の1424件は、すべて金を盗る以外の動機から起きた殺人である。」

暴力団だけではなく警察をも牛耳って町を支配している地元有力者(略)は荒唐無稽映画の絵空事ではなく、戦後日本の紛れもない現実の姿であった」

「昭和30年前後は青少年の自殺が極めて多く、実数で現在の5倍以上、年齢別人口比でも3倍以上もあった」

最高裁で(略)証人尋問は一切ない。そもそも、最高裁の法廷には証言台や被告人席が存在しない」

「この時代は右折用矢印表示の出る信号が普及しておらず、また交通マナーや譲り合いの精神など皆無で、運転手同士の路上でのケンカなぞ毎日のことだったため、車両が多い交差点では警官が中央に立って交通整理をするのが普通だった。」
これ、昔の映像やマンガでなんとなく見ていたのだが、ケンカ防止(制止?)だったとは知らなかった(^_^;)

「警察官は(略)嘘を見抜く能力が高いと思われるほうが、周囲の「評判」を得ることができる職業なのだから、ますます「自己欺瞞」に填まり込んでしまうのである。」