思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『ジョーカー』再&考察 ☆☆☆☆
前回の感想を書いた後、1回普通に観て、てらさわホーク氏らによるコメンタリー版を観た。それらを踏まえて考察してみた。

まずは結局わからなかったこと。
時計が11時11分である理由。感想動画を観た時は何回も写るのかと思ったのだが、3回だけだったと思う。市のカウンセリング中に挿入される「白い精神病院」らしき室内のもの。次は「タイムカード破壊」。最後はマーレーのテレビ局での楽屋。最後のは10時半なので、とりあえず除外。
たまたま全く同じ時間である、という必然性は薄いので、最初はどちらも同階層である、すなわち妄想じゃないかと考えてみた。
だが、後述の理由から、どちらも妄想であるとすると、土台となる「現実」がねじれてきて、確定できないんだよなぁ・・・。

まずは、構造の土台となる、ところを押さえたい。その根拠とするのが、作中で書き換えられた描写があるもの。わざわざ「これは妄想でした」と描いているんだから、その後に描かれたものまで妄想、とすると全てが妄想、ということになってしまう。まあ、それでもいいのだが、とりあえず作中の「現実」があると仮定して考えてみる。すべてが否定されれば、すべてが妄想という結論にならざるを得ない。
(1)マレーの番組を観覧に行き、舞台に呼ばれる。
これ、初見では分からなかったんだよねぇ。過去に起こったのを回想していたと思った。
(2)黒人の恋人
(3)アーサーは母とウェインの子供ではない
これはわかりやすいので省略。

高い確率で虚偽だと想定されるもの。
(4)バスで前の子供を笑わせるが、母親にたしなめられ、「突然笑いだす病気です」カードを出す
ここは事実っぽいが、岡田斗司夫が指摘していたことと、後に警察や地下鉄で絡まれた時には見せていないので、笑い病そのものがアーサーの虚構ではないか。場末の劇場で描かれたように、アーサーは笑いのツボが他人とは異なるだけなので。
(5)コメディアン会社で同僚から銃をもらった
いくつか見聞した感想、考察では触れているものがなかったが、営業中に銃を落とした後、2つのシーンでその同僚は銃をあげたことを否定している。すっとぼけている演技には見えなかったので。また、母親との関係などで虚偽に思える答えをしている警察に対して、「面白くないからクビにされた」と話していてるのが、実は事実だったという逆の考え方もできる。
(6)母親が警察訪問時に過呼吸で入院
これは母親に食事を運ぶ前に薬入れをいじるシーンが2回もあるので、アーサーが薬を過剰投与したことで間違いなさそう。アーサーが飲んだのなら、食後に自分で飲むカットを入れる、という編集にするはず。

妄想の可能性あり
(7)アーサーがウェイン家を訪ねる
本作のキモとなるシーンなので、ここを妄想とするのはまさしく最大の皮肉なのだが、電車で新聞を切り抜いた後、そのあとでそれが一度も出てこない(マーレーの番組中でネタ帳をめくった時ですら)。新聞を買った後で会うのを止めたとか、新聞で見かけたことをきっかけにした妄想だったのかも。
(8)地下鉄でサラリーマンを殺した
同じく中盤のクライマックスだが、装填数以上に発射したことや、射殺後に階段を上がるカットで、画面の色調が変わるのが妙に気になる。サラリーマンにボコられた後で、トイレで踊りながら「奴らをぶっ殺せたらなぁ」と妄想したのかもしれない。
(9)ブルースの両親暗殺
ピエロのお面をかぶっているので顔はわからないが、体型からアーサーではなさそう。ジョーカー信者の犯行というのが一般的な解釈だが、(8)の後の妄想の続き、ということもあり得る。ただ、それならアーサー自身がやっている風に映せばいいだけなので、ここは信者の犯行、というのが妥当。

デッドエンド疑惑?
(10)序盤で看板を盗んだ少年にボコられた
(11)地下鉄でサラリーマンにボコられた
(12)自宅の冷蔵庫に入る(自殺)
中でも(12)は、出てきた描写がない。自殺未遂なら、マーレーの番組スタッフから電話が鳴ったので、冷蔵庫から出てきた、という描写を入れればいいだけなのに、その時はアーサーは普通に部屋いる。ってことは、アーサーの番組に出たのも妄想ってことになってしまう。

時系列
・白い精神病院で入院中「ジョークを思いついた」
・カウンセラー殺害
・精神病が治った(たぶん鑑定医を騙した?)ので退院
・市のボランティアカウンセリングで経過観察
・市のカウンセリング「狂っているのは自分か、この世界か」
・ピエロで看板盗まれる → 死亡?
・ピエロ会社をクビになる
・タイムカード破壊
・地下鉄でサラリーマンに絡まれる → 死亡? 殺害?
・母親入院
・お笑いオーディションライブ
・母親殺人 → 冷蔵庫で自殺
・元同僚殺人
・マーレーの番組中に殺害
ゴッサム暴動

改めてみると、デッドエンドが多いことに気が付く。
そもそもが、本作のジョーカーが『バットマン』本編のジョーカーだという保証はないので、これはもしかするとこの映画は、白い精神病院でアーサーが、このあとどう生きるかを妄想した経緯を描いたんじゃないだろうか。
デッドエンドになると「このルートは違う」と、ちょっと戻ってやり直し。最終的には自らが悪のカリスマになる、というルートを発見して、めでたしめでたし、という。