思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

死ねばいいのに

京極夏彦
☆☆☆☆
講談社文庫

誰もがぎょっとする題名だが、ほとんどの人がそこから想像する内容とは逆のベクトルの話だろう。他人への悪意ではなく、自分の人生との向き合い方を示唆する作品なのだ。カバーと口絵に菩薩の立体イラストがあるように、ある種の仏教的な側面がある。
タイトルとその分厚さから、図書館でもスルーしていた本。文庫だと、他の京極堂シリーズと同じ厚みなので、手に取りやすい。
ネタバレなしで書くなら、恩田陸湊かなえっぽいトーンと言える。
どんな内容なのかほとんど分からず読み始めたが、そう、京極堂シリーズと同じ、というのが正剋を射ている。
本作は、とあるアサミという女性について、ケンという今時の若者風の男が色々な人物に訪ねる/尋ねる、という話である。
ケンは今時の若者らしく、言葉遣いも礼儀も知らないが、自分が知らない事を知っている。そう、本作は『ソクラテスの弁明』なのだ。そして、その対話を通じて、訪ねられた人物は、自らの心正面から向き合う事になる。そう、これは京極堂の憑き物落としだけを抜き出した作品/短編集なのだ。
それだけではなく、一冊の本としての趣向もある。本作は京極堂シリーズのエッセンスだけを抽出し、全く別の体裁に仕立てた、極上のセルフトリビュートとも言える作品。
私のように食わず嫌いだった人でも、京極堂シリーズのファンになら文句なくオススメだが、唯一の不満は、ケンの口調が。始めのニ章くらいはいいが、もとが失礼な若者言葉なので、毎回それを読まされるのはイライラさせられるのだ。まあ、そんな私が「死ねばいいのに」という話なのだが(^^;)

以下、ネタバレ

目次の章題は「一人目」「二人目」という素っ気無いものなので、1章を読み終えた段階では、単純に、様々な人物の様々な悩みを解決する短編集かと思わせる。しかし、どの人物にもアサミのことを訊き、しかもアサミが死んでいることが明らかになると、実はいわゆる創元推理的な連作短編からなる長編だという事が明らかになる。
ここで嫌でも連想するのが、同じく死んだ女性のことを聞き込みする『十三角関係』だ。本作は、京極夏彦によるオマージュとも言えるし、あくまでも憑き物落とし的な現代人へのカウンセリング小説をエンターテイメントとして昇華して行った結果、他人の空似的にまとまった興味深い事例とも言える。
冒頭に書いた仏教的な内容では、『鉄鼠の檻』より『狂骨の夢』っぽい展開であり、犯人への憑き物落としの内容としては、『うぶめの夏』っぽいかも、と思った。