思考の遊戯・続

「雑読雑感」の管理人・レグルスの読書メモ、映画のネタバレ感想など

『アンダーカバー』

『秘録・公安調査庁 アンダーカバー』麻生幾
☆☆☆☆
幻冬舎

いつもの麻生作品である諜報戦ものと『ゼロの迎撃』と『空母いぶき』を足して3で割ったような感じ。
麻生作品らしさは、日本の危機であるにも関わらず、中間管理職が主人公であること。末端の工作員でも、政府首脳でもない。ある意味では、だからこそ、真の意味での危機、大惨事にはならないであろうことは透けて見えてしまう(作者の作品を何作か読んでいれば、ここまではネタバレとは言わないかな)。
では、何のサスペンスもないのかというと、主人公・綾がさまざまなルート、手段を使って探ろうとする事件の実像、敵の思惑、そもそも敵って誰なのか、というところも含めて、単なるタイムリミット・サスペンスだけではない。いやむしろ、ミステリー要素のほうが強い。そういう意味では麻生幾としての『ゼロの迎撃』という感じか。
相変わらず、諜報についての秘密の場所などのハード面、スパイ(「シュヨウ・マルキョウ」というそうな)獲得やコミュニケーションのノウハウなどのソフト面などの取材力は作者の真面目。このあたりは、単情報を分析し、判断および決断するだけの上層部を主役にしていては味わえないところ。
ただ、本作のテーマは作者の他の作品に比べて、現実的にありえそうな舞台であるにも関わらず、『空母いぶき』のほうがリアリティがあると感じるのは、本作の真相が現実にはなさそうに感じたからか(非現実的という意味ではなく、百パーセント否定はできないが)。

以下、ネタバレ。

『ゼロの迎撃』を度々揚げたのは、結局、軍事衝突は起きないから。終わってみれば、他国を巻き込んだクーデター未遂事件に過ぎなかった。もちろん、主人公たちの情報収集によって、内外に諜報戦をしかけた(取引、交渉、説得工作)の結果なのだが。
読み終えてみれば、ハウンドも黄色い飛行船も出てこない『パトレイバー2』、はたまたガトーがコンペイトウ強襲せず、コロニー落としもなかった『ガンダム0083』(というより『80』?)という感じの拍子抜け感じもなくはない。
もちろん、有事を防ぐのが諜報の本来の存在意義なので、諜報がテーマの現代日本を舞台にした単発小説なら、こうなるのは当然なのだが……。現代日本を舞台にして、戦争終結のための諜報戦となれば、二重のフィクションとなり、多くの読書はついてこれないだろう(日露戦争大東亜戦争ものならともかく)。
本作中最大の謎である日中戦争勃発によって軍の一部の粛清を回避し、逆に指導部を失墜させるという中国サイドの目的は、ちょっとまわりくどい。作者が策におぼれるというか……。シンプルに、中共軍の秘密裏の攻撃を海保や自衛隊という実働部隊の出番の前に諜報戦で防ぐ、というだけで良かったんじゃないかなぁ……。